2020-01-21

ハプスブルク展

 【日本・オーストリア友好150周年記念 ハプスブルク展 600年にわたる帝国コレクションの歴史】のメモです。


本展はウィーン美術史美術館の協力のもと、世界屈指と言われるハプスブルク家の蒐集した美術コレクションを紹介する展覧会です。同館はハプスブルク家によって建造され、1891年に開館しました。何気にベラスケスの絵が4点も来てます!

ハプスブルク家は、スイスのライン川上流域を発祥地とし、13世紀末にオーストリアに進出。以後中東欧、ネーデルラント、スペインなどに支配を広げ、中南米やアジアにも領土を獲得したヨーロッパ随一の名門家です。


ハプスブルク家で本格的なコレクションが始まったのは、15世紀後半から16世紀にかけてのこと。

ベルンハルト・シュトリーゲルヒ「ローマ王としてのマクシミリアン1世(1459-1519)」(1507/08年)

領土とコレクションの拡大に大きな貢献をしたマクシミリアン1世。武芸に秀で、語学力にもたけ、眉目秀麗。27回もの戦を戦い、”中世最後の騎士”と呼ばれました。

ロレンツ・ヘルムシュミット「神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の甲冑」

意外とシンプル? 腰回りや背中は鎖帷子。


稀代のコレクターとして名高いのは、神聖ローマ皇帝ルドルフ2世。プラハ城に築いたその膨大なコレクションは「クンストカマー(Kunstkammer 芸術の部屋)」と呼ばれています。

ヨーゼフ・ハインツ(父)「神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(1552-1612)の肖像」(1592年頃)


”ハプスブルクの顎”の特徴がよく見てとれる肖像ですね。ルドルフ2世はデューラーの版画も多く集めました。

アルブレヒト・デューラー「騎士と死と悪魔」(1513年)(国立西洋美術館蔵)

ルドルフ2世はこの版画のオリジナルの銅版を所有。この版画は「書斎の聖ヒエロニムス」「メレンコリアI」と並んで三大銅版画と称されています。


余談ですが”ハプスブルクの顎”が最も顕著に現れたといわれているのはスペイン・ハプスブルク家最後の男子、カルロス2世。後述のフェリペ4世とマリアナ・デ・アウストリアの子です。

参考:「スペイン国王カルロス2世(1661-1700)の肖像(部分)」(1680-85年頃)




メインアートはマルガリータ王女の肖像。

ディエゴ・ベラスケス「青いドレスの王女マルガリータ・テレサ(1651-1673)」(1659年)

スペイン国王フェリペ4世の娘、マルガリータ・テレサ。許婚のレオポルト1世に贈られた8歳頃の肖像画です。あの「ラス・メニーナス」に描かれているのは5歳の彼女です。

この絵の模写と思われるマーソの作品も展示。ドレスの色だけ青→緑に変えています。


ディエゴ・ベラスケス「スペイン国王フェリペ4世(1605-16665)の肖像」(1631/32年)

ディエゴ・ベラスケス「スペイン王妃イサベル(1602-1644)の肖像」(1631/32年)

この王と王妃の対の肖像画は、後の皇帝フェルディナント3世に嫁いだフェリペ4世の妹マリア・アンナ(マリア・アンナ・フォン・シュパーニエン)に贈るために作られたと考えられています。マルガリータはイサベル・デ・ボルボンの没後に再婚したマリアナ(マリアナ・デ・アウストリア)との子。フェルディナント3世の娘マリアナはフェリペ4世とイサベルの長男バルタサール・カルロスと婚約していましたが、結婚前にバルタサール・カルロスが夭折(フェリペ4世とマリアナとの間にできた8人の子のうち7人が成人前に死去)。フェリペ4世の再婚相手になりました。名前も似てるしとてもややこしいのですが、つまりフェリペ4世は姪(妹の娘)と再婚したということです。

参考:ディエゴ・ベラスケスと工房「スペイン王妃マリアナの肖像」(1652-1653年)


…で、マルガリータ・テレサは皇帝レオポルト1世と結婚。そして、なぜかこの絵↓の前に人だかり。ギュウギュウでした。マルガリータを探してたのかな?

ヤン・トマス「神聖ローマ皇帝レオポルト1世(1640-1705)と皇妃マルガリータ・テレサの宮中晩餐会」(1666年)

皇帝の結婚を祝って数年間行われた祝賀会。その仮装パーティーの様子です。皇帝夫妻は…

ここです! 左奥に着席。



ところで、ベラスケス作品のあと一枚はこちら。

ディエゴ・ベラスケス「宿屋の二人の男と少女」(1618/19年頃)

ベラスケスの初期の重要なボデゴン(厨房風俗画)のひとつ。こちらはブダペスト国立西洋美術館蔵品ですが、エルミタージュ美術館にも似た構図の作品があります。

参考:ディエゴ・ベラスケス「昼食」(1617年頃)




レオポルト・ヴィルヘルムもハプスブルク家のコレクターとして重要な人物の一人。特にヴェネツィア派の絵画がお好きだったようです。

ヤン・ファン・デン・フーケ「甲冑をつけたオーストリア大公レオポルト・ヴィルヘルム(1614-1662)」(1642年頃)

ちょっとニコラス・ケイジ似?の彼は宮廷画家ダーフィット・テニールス(子)にコレクションの管理を任せ、銅版画による複製図版を添えた所蔵品目録「テアトルム・ピクトリウム(絵画の劇場)」を編さんさせました。


ヴェロネーゼ(本名パオロ・カリアーリ)「ホロフェルネスの首を持つユディト」(1580年頃)

ヴェロネーゼはティツィアーノ亡き後のヴェネツィア画壇を牽引した画家です。ユディトの絵はたくさんの画家が描いていて面白いので、いつかあらためて比較してみたいなー。


ところで、ハプスブルク家で一番の有名人といったら、この人ですよね。

マリー・ルイーズ・エリザベト・ヴィジェ=ルブラン「フランス王妃マリー・アントワネット(1755-1793)の肖像」(1778年)

こちらは母后マリア・テレジアに送られた肖像画。


おしまいに、”最後の皇帝”とその妻、美貌と美容マニアっぷりが有名なあの人の肖像を。

ヴィクトール・シュタウファー「オーストリア=ハンガリー二重帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(1830-1916)の肖像」(1916年頃)

最後から2番目のオーストリア皇帝であるフランツ・ヨーゼフ1世の在位は68年。後継者のカール1世の統治は2年なので、実質的な”最後の皇帝”といえます。こちらは軍服を着た晩年の肖像画ですが、彼は普段から軍服を着用していたのだとか。ハプスブルク家のコレクションをまとめたウィーン美術史美術館が開館したのは彼の在位中のことです。


ヨーゼフ・ホラチェク「薄い青のドレスの皇妃エリザベト(1831-1898)」(1858年)

16歳でフランツ・ヨーゼフ1世に嫁いだエリザベト、愛称シシィ。一日の大半を容姿を磨くことに費やしていました。きついコルセットや食事制限、運動などをストイックに行い、いわゆる「蜂腰」をキープ。諸説あれど、ウエストサイズは50cm以下だったということなので、この絵のウエストの細さはどうやら誇張ではないのです。床まで届く長い髪は毎日3時間かけて整髪。その他薄切りの仔牛の生肉でのパックなど、さまざまな美容法を実践。そんなに頑張ってて民衆に人気もあったのに、旅先のスイスで無政府主義者によって刺殺…。


第一次世界大戦での敗北とともに帝国は崩壊、ハプスブルク家の権勢も終わりを告げます。


主に一族の肖像画を取り上げて紹介しましたが、絵画のほかにもきらびやかな工芸品が多数展示。

”貴族”と聞いて多くの人が想像するのはこういう人たちのことではないかな、と思わせられたのでした。


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展覧会情報

 会場:国立西洋美術館
 会期:2019年10月19日(土) - 2020年1月26日(日)
 主催:国立西洋美術館、ウィーン美術史美術館、TBS、朝日新聞社
 共催:日本経済新聞社
 後援:オーストリア大使館、オーストリア文化フォーラム、BS-TBS
 特別協賛:大和ハウス工業株式会社
 協賛:三井物産、大日本印刷、みずほ銀行、ビックカメラ
 特別協力:ぴあ、TBSラジオ
 協力:ANA、ルフトハンザカーゴ AG、西洋美術振興財団

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この記事は当時公開していなかった記事を改稿し、2025年に公開しました。



確かこれ読んだような、読んでないような…。あとで本棚探そう。

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