2023-11-30

いのちをうつす/動物園にて

 「上野アーティストプロジェクト2023 いのちをうつす ー菌類、植物、動物、人間」を観ました。とりつかれたようにある一種の生物をうつしだしてきた6人のアーティストの展覧会です。



 小林路子(こばやし・みちこ):キノコ

  小林氏のキノコの絵は、紙にアクリル絵の具で緻密に描かれています。どこに生えていたものか、おいしいのか、どんな毒があるのか等本人によるキャプションがつけられ、それぞれのきのこに思い入れを感じさせます。


 辻永(つじ・ひさし 1884-1974):植物

 辻は日本の風景を描き洋画壇で活躍する一方で、少年の頃から愛した草花を生涯で2万枚以上描いたといわれています。その一部は「万花図鑑」「萬花譜」として出版されました(最近耳にしたこともありましょう牧野富太郎博士が監修)。

 紙に墨と油彩でさらさらと(水彩っぽい感じで)描かれた草花。こちらもどこそこの庭で、等ひとこと添えられています。


 今井壽惠(いまい・ひさえ 1931-2009):馬

 交通事故で一時視力を失い、回復後に初めて見た映画「アラビアのロレンス」で馬の姿に感動、以来馬を撮り続けた写真家です。

 自然の中を駆ける馬のシリーズ「ガラス絵の牧場」、競走馬のポートレートシリーズ「名馬の肖像」が展示。オグリキャップ、トウカイテイオー等、競馬に疎い人間にも聞き覚えのある有名馬の作品も。


 冨田美穂(とみた・みほ):牛

 牧場のアルバイトで牛に興味を抱き、別れが必ず来る彼らを覚えておきたいと描き続ける冨田氏。丁寧に彫られた大きな木版画はどこか感傷的です。

「388正面図」(2007)


 阿部知暁(あべ・ちさと):ゴリラ

 画業に悩んでいたころ、先輩画家と行った動物園で「好きなものを描きなさい」と助言され、ゴリラを描くことに目覚めた阿部氏。ゴリラ愛溢れるゴリラの肖像を描き続けています。

「シャバーニ」(2021)


 内山春雄(うちやま・はるお):鳥

 木材から野鳥を彫りだして彩色し、本物そっくりに仕上げるバードカービングを主に手掛けるも、博物館に納める鳥の模型や、希少な鳥の繁殖のためのデコイも制作。近年は触れて野鳥を知る「タッチカービング」の普及にも努めています。

「タッチカービング ヤイロチョウ」(2023)

 タッチカービングは、木型からシリコンゴムで型取りし、ジェスモナイトで型抜きしたもの。40種近い鳥の精巧な模型が並んでいました。私はこれが面白くて触りまくってきました。視覚障害のある方々のために作られたものなのですが、見える人でもくちばしの鋭利さや足の細さなどは、触れたほうが目で見た時よりもよく分かると思いますよ。


 続いて、「動物園にて ー東京とコレクションを中心に」も鑑賞。動物園に関する作品、資料の展示です。



歌川広景「虎の見世物」(1860)

 まずは動物園がまだない江戸末期の動物の見世物の様子。これはトラというよりヒョウみたいです。昔はヒョウは牝のトラだと思われていたらしいので。

 まだ「写生」という言葉や行為に馴染みがなかったころの、東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)の学生による上野動物園のサルの写生図や、さまざまな動物の写生図が印刷された昭和初頭の上野動物園の入場券なども展示。この入場券の絵は田井正忠という図案家によるものです。

 太平洋戦争突入後の「猛獣処分」についても紹介。上野動物園ではジョン、トンキー、花子の3頭のゾウなど、14種27頭の動物が命を奪われました。これを聞いて思い出すのは、この事件をもとに創作された「かわいそうなぞう」という童話ではないでしょうか。私これ、内容がいろんな意味で酷すぎて思い出したくないトラウマ本です。物語の中では空襲が激しくなり疎開させることもできなくてやむを得ず殺処分するという流れなのですが、それはフィクション。実際は空襲は起きておらず、火災などで逃げ出す前の予防としての措置(あるいはまだ戦争に勝っていると思っていた(思わされていた)国民にショックを与えるため)でした。

 動物園をテーマにした昭和の絵画や写真もありましたが…、どうもどれにも物悲しい雰囲気が漂っていました。きっとまだ動物園は「見世物」の意味が強かったのだと思います。

 動物園は研究施設でもあり、飼育動物の快適な環境づくりにも力を入れています。しかし動物愛護の意見がますます強くなる中、飼育動物の数や種類は減る一方です。やがて一般人が足を踏み入れられるような娯楽施設としての動物園はなくなるかもしれません。


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展覧会情報

上野アーティストプロジェクト2023 いのちをうつすー菌類、植物、動物、人間
 会期:2023年11月16日(木)~2024年1月8日(月・祝)
 会場:東京都美術館ギャラリーA・C
 主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館

動物園にて ―東京都コレクションを中心に
 会期:2023年11月16日(木)~2024年1月8日(月・祝)
 会場:東京都美術館ギャラリーB
 主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館


永遠の都ローマ展

  「永遠の都ローマ展 カピトリーノ美術館の至宝でたどる二千年の歴史と芸術」を観ました。世界的に最も古い美術館のひとつに数えられるカピトリーノ美術館のコレクションを中心とした、ローマの歴史と芸術の展覧会です。ご丁寧に展覧会の公式サイトにSNS用の会場写真が用意されていたので、そちらもありがたく使わせていただきながらご紹介します。




 まずは牝オオカミの像がお出迎え。

「カピトリーノの牝狼」

 ローマを建国したロムルスとその弟レムスが牝オオカミに育てられたという伝説に基づくブロンズ像。カピトリーノ美術館の最初のコレクションのひとつです(教皇シクストゥス4世(在位1471-84)による寄贈)。オオカミは前5世紀の作品ですが、兄弟の像はルネサンス期に付け加えられたのだそう。展示されていたのは20世紀の複製品。

展示風景。右奥に見えているのは大理石でできた「豹と猪の群像」(1世紀)。

 ちなみにローマの建国伝説はウェルギリウスの叙事詩「アエネイス」に描かれており、なかでも双子のエピソードはとくに有名なものです。

 東京会場のみどころは、「カピトリーノのヴィーナス」像です(東京会場のみ展示)。門外不出といわれていた、カピトリーノ美術館の至宝です。

「カピトリーノのヴィーナス」(2世紀)

 展示風景はこんな感じ。カピトリーノ美術館では彼女は8角形の特別な個室にいらっしゃいますが、東京にも特別なスペースが用意されていました。


複雑な髪形をしています。頭頂部でリボンのように結って…

後頭部でも結んでいます。

 わずかに前傾して背中を丸め、両手で体を覆うようにして立つ姿はいわゆる「恥じらいのヴィーナス」の典型。恥じらうことで余計に裸であることを強調しています。
 古代ギリシャの彫刻家プラクシテレスの女神像(前4世紀)に基づき2世紀に制作されたこのヴィーナス像は、盗難や襲撃から守るために地中深く埋められ、のちに発見されたのは17世紀のことでした。数あるプラクシテレスのコピーの中でももっとも初期で忠実なもののひとつといわれています。この「カピトリーノ型」のヴィーナス像は100ほど存在し、ルーヴル美術館や大英博物館など世界中で恥じらっています。

 ちなみに、来年の福岡会場ではカラヴァッジョの絵画「洗礼者ヨハネ」(日本初公開)が限定展示されます。


 本展のみどころその2は、コンスタンティヌス帝の巨大像(の断片)です。

「コンスタンティヌス帝の巨像の頭部(複製)」(1930年代、原作は330-37)


「コンスタンティヌス帝の巨像の左手(複製)」(1996、原作は330-37)


「コンスタンティヌス帝の巨像の左足」(2021、原作は312頃)

 でかいです。多分想像よりでかいです。頭部は約1.8m。寸法のイメージとしては、実際の人間の5倍強です(つまり体積は125倍)。頭部と左手はブロンズの原作を石膏で、左足は大理石の原作をグラスファイバーで複製したものです。

 こういうものを見ると、銅像を建てるのはよほど偉い人でないと(巨像でなくても)恥ずかしいな、と思ってしまいます。「皇帝」など存在しないはずの今でも誰かの巨像を作っている国もありますが、そんな場所では時が止まっているのかもしれません。(人ってつい巨大なものを拝んでしまうものなのよね…)


ローマ派工房「ローマ教会の擬人像」(13世紀初頭)
ジョヴァンニ・バッラッコ古代彫刻美術館蔵

 ローマといえばギリシャと一体化した神話があるので、それこそヴィーナスなどといった八百よろずの神々が信仰されていたと思うのですが、いつの頃からかキリスト教が力を持つようになります(コンスタンティヌス帝が313年にキリスト教を公認。カピトリーノ美術館の所蔵品の多くは教皇の尽力によるもの)。

 彫刻作品が主でしたが、平面作品もいろいろ展示。カピトリーノ美術館は18世紀半ば、教皇ベネディクトゥス14世(在位1740-58)がイタリア名家のコレクションを収束し絵画館を設立しました。

カヴァリエル・ダルピーノ(本名ジュゼッペ・チェーザリ)「狩人としての女神ディアナ」(1600-10頃)

ピエトロ・ダ・コルトーナ(本名ピエトロ・ベッレッティーニ)「教皇ウルバヌス8世の肖像」(1624-27頃)

 ほかには、カピトリーノ美術館のあるカンピドリオ広場はミケランジェロが設計したんだよとか、同美術館と日本にはちょっとした縁があるんだよということを紹介。岩倉使節団がイタリアへ行った際、同美術館を訪れていました(1873年)。日本最初の美術教育機関が設置されたとき(1876年、工学寮美術校(のちの工部美術学校))、教材として海外から持ち込んだ石膏像のひとつに、カピトリーノ美術館蔵の彫刻もありました。

向かって左はカピトリーノ美術館蔵の大理石彫刻「デュオニソスの頭部」(2世紀半ば)。
右はそれに基づいて作られたと思われる小栗令裕の石膏像「欧州婦人アリアンヌ半身」(1879・明治12)。

 デュオニソスは酒の神で男性ですが、小栗学生は胸元に装飾を加えるなどして女性像として作り変えています。

「デュオニソスの頭部」を反対側から。

 この「デュオニソスの頭部」をもとにした石膏像は美術大学の受験で使われるデッサン用の像として定番で、アリアドネから転じて「アリアス」と呼ばれているそうです。アリアドネもまた神話に出てくる人物のひとりではありますが、実は「アリアス」はアリアドネでもアリアンヌでもなく、デュオニソスだったんですね。ややこしい…。


 いつかローマに行ったなら、「ローマの休日」のスペイン広場ではなく、カンピドリオ広場に行ってみたいと思います。


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展覧会情報

会期 2023年9月16日(土)~12月10日(日)
会場 東京都美術館
主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、 毎日新聞社、NHK、NHKプロモーション
共催 ローマ市、ローマ市文化政策局、ローマ市文化財監督局